★三國志ネタ★
★特別武将&エディット★
  楽毅と田単   (2014/11/6)


 【田単】 ※エディット

斉の王族・田氏の遠縁にあたるが、高位ではなく市場の役人だった
燕の楽毅が率いる連合軍が斉に攻め込み、首都が占領されると、斉王は逃亡した
田単も東の安平へ逃げ込み、すぐに一族の者に馬車を補強させた
燕軍によって安平も陥落すると人々は慌てて逃げ出したが、馬車の車軸が折れたりなどして燕軍に捕らえられる者が続出した
しかし馬車を補強していた田単の一族は、無事に即墨へ逃れることが出来た

快進撃を続ける燕軍は斉の城を次々と落とし、残すは斉王のいる城と、田単のいる即墨のみとなった
斉王は味方に殺害され、その息子に代替わりする事態に陥っていたものの数年間も城を守り通していたため、楽毅は即墨に矛先を向けた
城を守る即墨の大夫はこれを迎撃するが、返り討ちにあい敗死してしまう
これを受けて即墨では、安平での出来事を知る者達から、その知略を買われて田単が将軍となり城を守ることとなった

即墨攻めの最中、燕の昭王が急逝したため太子が即位したが、太子と楽毅の仲が悪い事を知った田単は「離間の計」によって、強敵・楽毅を斉国から退かせ趙への亡命に追い込むことに成功した
田単は知略により斉軍を破ると、連合軍に奪われた城を全て奪回し斉を復興させ、のちの宰相となり、斉王は田単の功績を認め安平君に封じた


宮城谷設定だと、楽毅が若い頃に斉国に勉強に来ていた時に、田単の父親と友人関係だった設定
楽毅が斉国にいる時に田単が生まれたことになってるので、二人の歳の差は20歳ほどです

最初に読んだ時に、留学中の楽毅の友人が「田氏」だったので「もしや!?」と思ったら、
息子の田単が生まれて「うぉおおおお!!因縁の二人がこんな関係なのか!!」と妙に興奮してしまったw(田単が親友の息子という設定)
でも宮城谷だと即墨で「楽毅vs田単」の直接対決が無かったのが残念ッ!!!!

というか一体いつ田単が登場するのか、いつ斉国に攻め込んでいくのかとハラハラドキドキしながら読んでたが、
まさか全4巻中、3巻まで中山国の興亡が描かれるとは思わなかった…
「あと残り1巻しか無いけど大丈夫!?まだ燕国にすら仕官してないけど!?残り1巻の尺で、ちゃんと斉国を攻め取れるのか!?」と非常に心配したw
ようやく燕国に行っても、なかなか諸国も連携しないし、斉国に対抗できないから、これはもう田単との戦いは描かれないのか!?と思ってたら、後半の燕国の快進撃が半端無かったwww
孟嘗君のいない斉国のダメっぷりw大国なのに、かなりあっさり攻め取られてる…というか楽毅がまさか首都に突撃していくとは…!!(衝撃)
あんなにあっさり城(しかも王のいる首都)を落とす兵法家はいない…まさに城攻めの天才だな…

それと同じくらい燕昭王と楽毅のいない燕軍のダメっぷりが無情過ぎるわー
昭王はもうちょっと頑張って長生きして下さい!!もしくは息子さんを何とかして下さいッッッ!!!!(切実に)
昭王は間違いなく名君なのに、その太子は孟嘗君にすら呆れられるレベルの「戦国一のアホ息子」でしたよ…
孟嘗君を追い出した斉王も結構なアホだったが、燕の太子はそれ以上のアホでした(宮城谷公認)


問・どれがダメ君主?

1、軍事も行政も天下一品の孟嘗君を自国から追い出した斉王
2、天才的な戦略で大国・斉を見事にゲットした楽毅を自国から追い出した燕王
3、もしかしたら天下統一出来たかもしれないのに、お家騒動で自分の息子に攻めこまれてあっさり餓死した趙王


趙の武霊王も最初は良かったのに、末路がなかなか惨めでしたな…(残念)
軍事面ではなかなか強かったのに、自分の息子たちのことであんなにゴタゴタするとは…子沢山も考えものだな…
しかしそのおかげで恵文王という善政重視の人が即位して良かったけどw(結果オーライ)

燕昭王は太子が即位した時のことを考えて、楽毅を守るために楽毅を斉王にするつもりだったのかもしれないが…
昭王の意向をそのまま受け入れていれば、楽毅も太子の命令に従う必要もなく、他国に亡命せずに済んだのかな…
でも酔っ払って楽毅の耳元で「斉王になれ」と囁く昭王は、色んな意味でえろいなと思った(何)
あのシーンは萌え要素100%でしたよ!!あれは「昭王×楽毅」にしかならないッ!!(何)

そもそも他国の使者として燕国にやってきた楽毅を、無理やりそのままスカウトしちゃうなんて反則だw
斉に復讐するためなら敵にも頭を下げて雌伏する昭王は素敵だが、関羽を欲しがった曹操様並みのグイグイ系でしたw






  斉の田氏   (2014/11/7)


【田斉(田氏が立てた斉国)】

斉国は元々、太公望(姓は姜、氏は呂、字は子牙、諱は尚)が立てた国であるが、田氏が姜姓呂氏の斉(姜斉)を滅ぼして新たに立てた国

斉は太公望の子孫である桓公(姜小白)の時代に管仲の補佐により強大となり、周王朝に代わり諸侯の主導を取るようになる
しかし桓公の死後、徐々に国氏・高氏・鮑氏・崔氏・慶氏・陳氏(田氏)という強大な貴族たち(大臣)の力が強くなり、君主の力は弱くなっていた
その後、晏子(晏嬰)が宰相となり国政を安定させたが、晏嬰は「斉はいずれ陳氏(田氏)に簒奪されるだろう」と言っていた

「陳氏」は陳国から斉に亡命してきた陳の公子の血筋の事で、陳氏は後に「田氏」と名乗ることになる
有力な貴族たちは抗争を通じて徐々に脱落していき、最後にこの田氏が勝ち残る
晏嬰の予言通り、田氏が姜姓呂氏の君主に代わって斉の君主となり、これ以降の斉は「田斉」と呼ばれる

【孫武】    【孫ピン】    【田忌】

【田文】    【田単】

田文(孟嘗君)と田単の顔グラを見て思ったが、改めて斉出身の顔グラを見てみると、予期せず田氏が「青系」のイメージばかりw(田文と田単は多少似せようと意識したが)
孫武の出自は「斉国の王族・田氏」という説もあるようなので、孫武・孫ピンも「田氏」としてまとめてみた
孫子や孟嘗君を排出した「斉の田氏」すごい…!!!(「晏子」の時にも活躍していた陳氏=田氏がすごい)

まぁ、「孟嘗君」は田氏だけど、生まれてすぐに父親に見捨てられた訳だが…(のちに父親に認められる)
宮城谷設定だと「孟嘗君」の養父が風洪(白圭)で本当に良かったと、今更ながら思う
「孟嘗君」を読んでた時は白圭がメインみたいなものだったので、孟嘗君が全然活躍してないなーと思ってたがw(禁句)

「楽毅」の時の孟嘗君の愛されっぷりを見てたら、孟嘗君の精神面への白圭の影響力すごいw(精神面は白圭から、戦略面は孫ピンから学ぶ)
孟嘗君は「身内」よりも「他人」に愛されて、他人に生かされたから、他人への愛に溢れてるんだろうなー
自分の子孫に財産を残すより、他人である食客に金を使いまくる発想がすごい

さらに孟嘗君が若い頃に、兵法の鬼才・孫ピンから直々に教えを受けた愛弟子設定は最強すぎるw
「養父」が民を救う大商人・白圭、「師匠」が兵法家・孫ピンって反則すぎるw
民にために働くという溢れ出る義侠心が白圭譲りで、冷静沈着な軍略は孫ピン譲りです(おかげで平和主義者だが戦いになったら絶対に負けない)

孟嘗君の魅力、名声、統率力、兵法、行政、外交のすべてが最強だと思う(個人武力値は低いが)
「三國志」のいにしえ武将になったら最強クラスだと思うが、公式参戦はまだだろうか?(期待)


【太公望】    【管仲】

そもそもよく見たら公式設定のいにしえ武将の「太公望」や「管仲」も青いし、なんとなく深層心理に「インテリ斉国=青」というイメージが植え付けられてたのかな?






  奇貨居くべし   (2014/12/17)


もう先月のことになるが「湖底の城」→「楽毅」→「奇貨居くべし」を読んでました
「楽毅」の最後で楽毅が趙に亡命したので、その流れで「奇貨居くべし」を読もうかとv

ただし「奇貨居くべし」の主役は「呂不韋」らしいんだが、趙の刎頸コンビ(藺相如と廉頗)も登場するようなので楽しみv
もちろん恵文王も登場するので、もしかしたら楽毅も登場しないかなぁと…(ちょっと期待)

そもそも「呂不韋」が主役だと知って結構ビックリしたんだが、
その呂不韋が「絶世の美少年」設定で、なおかつ「中国史上初の民主主義者」という設定でビックリした!!

呂不韋の幼少期から話が始まるのだが、それがちょうど楽毅が連合軍を率いて斉を攻めてる辺りになる
まさかの「美少年」設定で、しかも頭は良いし、民主主義者だし…そんなにすごい人なのか!?(宮城谷作品の主人公ですから)
なんかもう相変わらず宮城谷設定はすごいわー…

正直、呂不韋といえば「もしかしたら秦の始皇帝の父親かもしれない人物」というイメージしか無かったw
横光の漫画のイメージだと、完全におっさんだったし…はっきり言って良いイメージは無かったわー

ただの商人である呂不韋が、すでに自分の子供を身ごもってる女を秦の王族に嫁がせて、その子供がのちに秦の始皇帝になったという噂の人物w
そして秦の人が王位につくと、呂不韋も丞相となって、まんまと出世して、
息子の贏政(のちの始皇帝)が王位につくと、「仲父」と呼ばれて、秦の権力を掌握してた人…という黒いイメージwww

しかもその後も、秦の太后(贏政の生母、呂不韋の元・愛人)と密通していたという…なんとも昼ドラ展開な記憶しかないw
で、その不倫関係を解消するために、他の男を太后に紹介したという…(男性の入れぬ後宮に宦官に偽装して送り込む極秘作戦)
しかも太后がその男との子供を二人も産んじゃって、不倫がバレて、超修羅場になっちゃうという…

横光の漫画を読んでる時は、完全にドロドロした昼ドラ展開だなぁって思ってたwww
自分の子供を身ごもってる女を王族に嫁がせて、自分の子供が王様になったら、自分も丞相として権力を握り、
さらに王様の生母とも不倫関係を続けてるなんて、誰がどう見ても「悪臣」としか思えない…!!
秦の始皇帝の幼少期に、王様以上の権力を握って好き勝手にやってた人というイメージ…(傀儡政権)

その呂不韋が主役で、実はいい人だなんて…!!(衝撃)
一体この後、どういう展開になっていくのか超気になる!!さすが宮城谷作品です!!
でも「美少年」って言われると顔グラを決めるのが大変…!!適した顔グラが見付からない!!(三國志エディットの場合)
始皇帝や李斯は「いにしえ武将」としてすでにいるんだから、呂不韋も参加したらいいのに…


【呂不韋】

戦国時代の秦の政治家、始皇帝の父・荘襄王を王位につける事に尽力し秦で権勢を振るった

呂不韋は衛の商人の子として生まれ、若い頃より各国を渡り歩き商売で富を築いたが、
趙の人質として不遇な境遇にあった秦の公子(のちの秦の荘襄王)をたまたま目にして、
「奇貨居くべし(これは珍しい品物だ。これを買って置くべきだ)」と言った
王位を継げる可能性は極めて低かったが、呂不韋の助力により公子は秦王となり、呂不韋は丞相となった

この時期、孟嘗君や信陵君などが食客を集めて天下の名声を得ていたが、
呂不韋も多くの食客を集め、この客の中に李斯がおり、その才能を見込んで王に推挙した
更に客の知識を集めて『呂氏春秋』と言う書物を作った

呂不韋は趙の芸妓の女を寵愛していたが、公子の申し出によりその女を譲った
この女はすでに呂不韋の子を身籠っていたがそれを隠し、生まれた子は公子の子ということにしてしまった
これが太子・贏政(後の始皇帝)であるとする説がある

太子の政が王となると、呂不韋は「仲父」と呼ばれ権勢を握った
太后(政の生母)と密通していたが呂不韋であったが、この関係を続けるのは危険だと判断し、太后の相手として、男を宦官に偽装して送り込んだ
太后はその男との子供を二人生んだが、密通が発覚すると、男は車裂きの刑に処され、二人の子も処刑された
この件で呂不韋も処刑されるところだったが、今までの功績を重んじた秦王によって、丞相職の罷免と蟄居に減刑された